信用をスコアにする——AI与信と、五人組が担った「関係による信用」
カテゴリー:世界と日本

お金を貸すとき、商品を後払いで売るとき、人はいつも同じ問いに直面してきた。「この相手は、約束を守るだろうか」。信用とは、まだ起きていない未来の行動を、いま判断する営みである。長らくこの判断は、人間が——銀行員が、商店主が、近所の人々が——相手の人となりや過去の振る舞いを見て下してきた。ところがいま、その判断の主役が、急速にAIへと移りつつある。 AIによる与信(クレジットスコアリング)は、従来の信用履歴だけでなく、後払い(BNPL)の利用状況や、さまざまな「代替データ」を取り込んで、人の信用力を数値化する。2025年6月、信用スコアの代名詞であるFICO(Fair Isaac Corporation)は、後払いデータを組み込んだ新スコアを同年秋から提供すると発表した。世界経済フォーラムや国際金融公社(IFC)は、こうしたAI与信が、銀行口座も信用履歴も持たない人々を金融サービスに迎え入れる「金融包摂」の切り札になりうると期待を寄せる。その一方で、歴史的データで学習したAIが過去の差別を再生産する危険や、「なぜ否決されたのか」が本人にも見えない不透明さが、深刻な論争を呼んでいる。 ここで考えたいのは、信用という営みの根本的な分かれ道である。個人の信用を、データで測るのか。それとも、関係や共同体で担保するのか。AIスコアは前者を極限まで推し進める。だが日本は江戸時代、後者——「関係による信用」——を社会の隅々まで張りめぐらせていた。「五人組」や「身元保証」の仕組みである。本稿では、AI与信の現在地を確認したうえで、この二つの信用観を対比し、機械が信用を判定する時代に何が問われているのかを考える。 AI与信が最も期待されているのは、これまで信用の網からこぼれ落ちていた人々を救い上げる力である。従来の信用スコアは、過去のローンやクレジットカードの履歴に大きく依存していた。そのため、若者や移民、銀行口座を持たない層は「履歴がない」というだけで、信用力を評価されず、金融サービスから排除されてきた。 AIと代替データは、この壁を崩しつつある。携帯電話料金や公共料金の支払い、収入の流れ、さらには日々の取引パターンといった多様なデータを解析することで、AIは「履歴のない人」の信用力をも推定できる。世界経済フォーラム(2025年10月)やIFC(2026年5月)の報告は、こうしたモデルが意図的に「銀行口座を持たない層」「新規の借り手」を取り込むよう設計され、バイアスを継続的に監視するなら、金融包摂を大きく前進させうると論じる。信用の判定者がAIになることで、これまで「見えなかった人」が信用される——これがAI与信の最も明るい側面である。 だが、光の裏には影がある。AI与信の最大の問題は、過去の差別を学習し、再生産してしまう危険だ。住宅ローンを対象としたある研究は、歴史的データで訓練されたAI融資モデルが、人種差別のパターンを一貫して再現したことを明らかにした。AIは「公平」なのではなく、与えられたデータに含まれる偏りをそのまま——時に増幅して——受け継ぐ。 実際の摘発も始まっている。米マサチューセッツ州司法長官は2025年7月、AI引受モデルを用いた学生ローン会社と、公正融資(fair lending)違反の疑いで和解に至った。問題をさらに難しくするのが、AIの判断の「不透明さ」である。なぜ自分の融資が否決されたのか、どのデータが決定的だったのか——本人にも、時に運用者にも説明できない。だからこそ「説明可能AI(XAI)」や公平性の確保が、規制と研究の中心テーマとなっている。コロラド州が高リスクAIシステムに消費者保護義務を課す法律を整えるなど、制度の整備も進みつつある。信用がスコアになるとき、誤った判定をどう訂正し、どう救済するかが問われているのである。 時代を江戸に戻すと、日本社会は「信用」をまったく異なる仕組みで担保していた。その中核が「五人組」である。これは近隣の五戸前後を一つの組とし、年貢の納入、治安の維持、そして相互の監視に連帯責任を負わせた制度だった。一人が年貢を納められなければ組全体が責任を負い、一人が罪を犯せば組が連座する。個人の行動が、所属する組全体の信用に直結する仕組みである。 この連帯責任は、個人の信用を「関係」によって担保する装置として機能した。組の構成員は互いをよく知り、誰が真面目で誰が怪しいかを把握している。だからこそ、外部から見れば「あの組に属している」という事実そのものが、一定の信用の証となった。信用は個人の属性ではなく、共同体のネットワークのなかに埋め込まれていたのである。 五人組と並んで、江戸社会の信用を支えたのが「身元保証」の仕組みだった。奉公に出るときも、商取引を始めるときも、第三者である「請人(うけにん)」が身元と弁済を保証した。何か問題が起きれば、保証人が責任を引き受ける。ここでも信用は、当人だけでなく、その人を保証する関係のなかで成り立っていた。 さらに「人別帳(宗門人別改帳)」は、誰がどこに属し、どんな身元かを共同体が把握する台帳として機能した。これは戸籍であると同時に、信用の基礎台帳でもあった。江戸の信用は、データではなく「顔の見える関係」によって支えられていた。そしてこの仕組みには、AIスコアにはない美点があった。誤解や行き違いがあっても、顔を突き合わせて交渉し、事情を汲んで救済する余地が残されていたのである。 もっとも、関係による信用には負の側面もあった。五人組の連帯責任は、裏を返せば相互監視と相互拘束であり、組から外れた者や異質な者を排除する圧力にもなった。一人の行動が全体に及ぶ以上、人々は互いを見張り、逸脱を許さなかった。この「監視による信用」の構図は、奇しくも、行動データを集めて個人を絶えず評価するAI監視社会の不安と重なる。信用を関係で担保することは、温かい救済と冷たい監視の、両面を抱えていた。 最も前向きな筋書きは、AI与信が透明性と公平性を備え、これまで信用から排除されてきた人々を広く迎え入れる未来である。なぜその判定に至ったかをAIが説明し、誤りがあれば訂正・救済する仕組みが整えば、AIは差別の再生産者ではなく、金融包摂の推進者となる。代替データの活用が「履歴なき人」に信用の扉を開き、五人組が果たせなかった規模で、公平な信用の網が広がっていく。 最も現実的な筋書きは、AIによるデータ評価と、人間による関係的判断が補い合う展開である。定型的な与信はAIが高速・低コストで処理し、判定が難しい事例や誤りの訂正には人間が介在する。スコアという「データの信用」と、対話による「関係の信用」が併存し、それぞれの弱点を補う。江戸の身元保証が顔の見える救済を残したように、AI時代にも「機械の判定を人が問い直せる」回路が制度として組み込まれる。 警戒すべき筋書きは、不透明なAIスコアが社会を静かに分断する未来である。なぜ低スコアなのかが説明されず、訂正もできないまま、低い評価が融資・雇用・住居の機会を狭め、それがさらにスコアを下げる——という悪循環が固定化する。過去の差別を学習したAIが偏りを再生産し、関係による救済の余地もない。五人組の連帯責任が排除の圧力にもなったように、データによる信用が、誰も逃れられない新たな「身分制」へと転化する危険である。 AI与信をめぐる本質的な論点は、「スコアの精度」ではない。AIはすでに、人間より速く、安く、多様なデータから信用力を推定できる。真の論点は、「信用の判定が、訂正と救済の余地を持つか」という、信用という営みの人間性に関わる問題にある。信用はもともと、未来の不確かな行動を判断する営みであり、誤りは避けられない。問われるのは、誤ったときにそれをどう正し、排除された者をどう救うかである。 ここで五人組と身元保証の歴史が示唆に富む。江戸の信用は、データではなく「顔の見える関係」のなかにあった。それは相互監視という冷たい側面を持ちながらも、事情を汲んで交渉し、救済する温かさをも備えていた。一方、AIスコアは信用を個人のデータへと還元し、関係から切り離す。そこには金融包摂という大きな希望がある一方で、「なぜ否決されたか」が見えず、誤りを訂正する相手すらいないという冷たさが潜む。信用を関係から切り離してデータにすることは、効率と引き換えに、救済の余地を失わせかねないのである。 ゆえにARBOはこう考える。AI与信に求められるのは、判定の精度を上げることだけではなく、「機械の判定を、人間が問い直し、訂正できる回路」を制度として埋め込むことである。五人組が連帯のなかに救済の余地を残したように、AIスコアもまた、説明責任と訂正・救済の仕組みを伴って初めて、信頼に足る信用装置となる。信用とは突き詰めれば、人と人、人と社会のあいだの関係である。それを機械が判定する時代だからこそ、「関係による信用」が培ってきた救済の知恵を、私たちは手放してはならない。 第1に、説明可能性と救済の制度化である。AIによる与信否決に対し、「理由の開示」や「訂正・異議申し立て」の仕組みがどこまで義務づけられるか。コロラド州の高リスクAI規制のような動きが各国・各分野に広がるかどうかが、信用の公平性を左右する。 第2に、金融包摂とバイアスのせめぎ合いである。代替データを使ったAI与信が、本当に「見えなかった人」を救うのか、それとも新たな差別を生むのか。FICOのBNPLスコアのような新指標が、包摂と公平のどちらに作用するか、実績の検証が進む。 第3に、日本における信用評価のあり方である。関係による信用の文化を持つ日本が、AIスコアをどう取り入れるか。データによる効率と、顔の見える救済の知恵を、どう両立させるか。五人組や身元保証が担ってきた「関係の信用」を、現代の制度設計にどう活かせるかに注目したい。 [1] FICO, "FICO Unveils Groundbreaking Credit Scores That Incorporate Buy Now, Pay Later Data"(2025年6月23日) [2] World Economic Forum, "How responsibly deploying AI credit scoring models can progress financial inclusion"(2025年10月) [3] International Finance Corporation (IFC), "Cracking the Credit Code: Alternative Data and AI for Financial Inclusion"(2026年5月) [4] CFS Review, "Massachusetts AG Settles Fair Lending Action Based Upon AI Underwriting Model"(2025年7月24日) [5] Colorado General Assembly, "SB24-205: Consumer Protections for Artificial Intelligence"(2024年)