柳宗悦の朝鮮陶磁論——「名もなき工人」の手に見た美

はじめに——他者を見る目が、自分を変える

民藝(みんげい) という言葉を生んだのは柳宗悦(1889-1961)だが、その思想が芽生えたのは、日本の工芸品ではなかった。朝鮮の陶磁器 だった。

1914年、25歳の柳宗悦は、千葉・我孫子の自宅で 朝鮮の李朝期の壺(秋草文面取壺)を見せられた。贈り主は浅川伯教——後に朝鮮陶磁の調査研究で知られる人物である。柳はその壺の素朴で力強い美に「目が開いた」と書いている。

これが、後に日本の民衆工芸を再評価する民藝運動の 発火点 だった。「他者の文化」を尊重する目が、自分の足元の文化を見直す目を作った。AI 時代に「文化盗用」が議論される今、この経緯を辿ることには深い意味がある。


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