帳簿を井戸に投げ込む——火事と闘った江戸商人の「データ保全」
会計データのバックアップやクラウド保存が当たり前になった時代。だが、火事が日常だった江戸の商人にとって、帳簿という最重要データをいかに守るかは、店の存亡を分ける死活問題だった。彼らが編み出した「帳簿を守る知恵」を訪ねる。事業継続計画(BCP)の、最も古い実践がそこにある。
「火事と喧嘩は江戸の華」の裏側
江戸は火事の多い都市だった。木造家屋が密集し、ひとたび出火すれば大火となって町を焼き尽くす。「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるほど、火災は日常だった。商家にとって、火事は店も商品も一瞬で奪う最大の脅威である。
そのなかで、商人がとりわけ守ろうとしたものがあった。帳簿である。大福帳をはじめとする帳簿には、誰にいくら売ったか、誰からいくら回収すべきか——掛け売りの債権記録が刻まれていた。店や商品は焼けても建て直せるが、帳簿を失えば、誰がいくら払うべきかが分からなくなり、商いの土台そのものが崩れる。帳簿は、商家にとって何より失ってはならない情報資産だったのである。
この記事の続きは会員限定です。