振り売りの符牒——その場で動く値段の知恵
越後屋が広めた「正札(しょうふだ)」は、誰に対しても同じ値段を示す固定価格の革命だった。だが江戸の街を見渡せば、値段とは本来、もっと流動的なものだった。天秤棒を担いで街を行き交う棒手振り(ぼてふり)たち——振り売りの世界では、値段は売り手と買い手のあいだで、その場その場で動いていた。固定価格の対極にあった「動く値段」の文化を訪ねる。
「振り売り」という、江戸の毛細血管
江戸の食を支えたのは、店を構えない行商人たちだった。天秤棒の両端に魚や野菜、豆腐、しじみ、納豆などを下げ、「棒手振り」と呼ばれた彼らは、長屋の路地まで分け入って商品を届けた。元手の少ない者でも始められる商いとして、振り売りは都市の最末端の流通を担う毛細血管だった。
彼らの商いには、店売りのような正札はない。値段は、その日の仕入れ、売れ残りの度合い、客の顔ぶれ、時刻によって動いた。朝に高く、夕方に安く。傷みやすい鮮魚は、日が傾けば値を下げてでも売り切る。売り手は需給を肌で読み、買い手は相場を勘で察し、両者のやりとりのなかで価格が決まっていった。
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