旗振り通信——米相場を「光速」で運んだ、江戸の高速通信網

現代の株式市場では、取引所のすぐ隣にサーバーを置き、光ケーブルの長さを1メートルでも短くして、ミリ秒以下の速さで注文を出す。低レイテンシ(低遅延)をめぐる争いだ。だが「相場の情報を、誰よりも速く運ぶ」という競争は、江戸時代の日本にすでに存在した。山の頂から頂へ、旗を振って米相場を伝えた「旗振り通信」である。

大坂の相場を、全国へ運ぶ

江戸時代中期、全国の米価の基準は大坂・堂島の米相場だった。各地の商人にとって、堂島の値がいくらかは死活問題である。少しでも早くその数字を知れば、地元での売買で利益を得られる。逆に地方の相場を大坂へ伝えることにも価値があった。この需要に応えて考案されたのが、旗振り通信だった。

従来、米相場の伝達には飛脚(米飛脚)や狼煙(のろし)が使われていた。しかし飛脚は速くても人の足、狼煙は内容を細かく伝えられない。そこで、見晴らしのよい山の頂に「旗振り場」を設け、旗の振り方で相場の数字を表し、望遠鏡で次の山がそれを読み取って中継する——という方式が編み出された。山から山へ、リレーのように情報が飛んでいったのである。


この記事の続きは会員限定です。