引き札と看板——「安さ」を伝える江戸の広告術
越後屋が打ち立てた正札(しょうふだ)の革命は、ただ値段を固定しただけではない。「この値段である」という情報を、いかに多くの客に、いかに魅力的に伝えるか——その告知の技術と一体だった。固定価格を世に広めたのは、引き札(ひきふだ)や看板といった、江戸の広告メディアの力でもあった。価格を「見える化」した告知文化の系譜を辿る。
越後屋が変えたのは「値段」だけではなかった
それまでの呉服商は、客の屋敷に出向いて反物を見せ、後日にまとめて代金を回収する「掛け売り」が常だった。値段はその場の交渉と相手の格で決まり、表に示されることはなかった。三井高利(みつい・たかとし、1622--1694)が始めた越後屋は、これを根本から覆す。店頭にあらかじめ値札を付け、現金で、誰にでも同じ値段で売る「店前現銀売(たなさきげんぎんうり)」「正札掛値なし」を掲げた。
この方式が成立するには、「うちはこういう値段で、こういう売り方をする」という宣言を、広く世間に知らしめる必要があった。交渉で値が決まる世界では宣伝は要らない。だが「掛値なし」を売りにするなら、その方針そのものを告知して初めて意味を持つ。正札革命は、本質的に広告革命でもあったのだ。
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