本家と分家——財を「分けて、つなぐ」日本の相続設計

事業を次代へ受け継ぐとき、財産をどう分けるかは難問である。均等に分ければ事業は細り、一人に集中させれば不満が残る。この相続の難題に、日本の家は「本家・分家」という独自の仕組みで答えてきた。財を分けながらも家業を守る、その絶妙な設計を訪ねる。

「身代」を分けるという発想

江戸の商家や有力な家にとって、代々受け継いできた家産——「身代(しんだい)」——をいかに次代へ渡すかは重大事だった。当主が複数の子をもうけたとき、財産をどう分配するか。ここで日本の家がとった仕組みが、本家と分家の区別である。

家督と家産の中核は、原則として一人の後継者——多くは長男——が本家として受け継ぐ。一方、他の子には、身代の一部を分け与えて独立させ、分家を立てさせる。すべてを均等に分けるのでも、すべてを一人に集中させるのでもない。中核を本家に集中して守りつつ、一部を分家に分けて新たな家を起こす。この「分けながらも、中核は守る」という発想が、日本の相続設計の特徴だった。


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