名所図会と見立て——江戸の「拡張現実」
ARは、現実の場所に情報や物語を重ね、ただの風景を意味ある体験へと変える。だが、目の前の現実に、別の意味や物語の層を重ねて見るという営みを、江戸の人々は「見立て」として日常的に楽しんでいた。そして「名所図会(めいしょずえ)」は、その重ね合わせの体験を、書物のなかに編み込んだメディアであった。
見立て——あるものを、別のものとして見る
「見立て」とは、あるものを、別のものになぞらえて見る、日本の美意識の根幹をなす発想である。庭の白砂を大海に見立て、石組みを山や島に見立てる。盆の上の小さな景に、雄大な自然を見る。実際にそこにあるものと、それが喚起する別のものとが、二重に重なって体験される。現実の事物に、想像の層が重ね合わされるのだ。
この見立ての感性は、江戸の文化のあらゆる領域に広がっていた。俳諧や川柳における言葉の見立て、浮世絵における趣向の見立て、料理や工芸における意匠の見立て——人々は、目の前のものを額面どおりに受け取るのではなく、そこに別の意味や連想を重ねて楽しんだ。現実は、それ自体として閉じているのではなく、想像によって幾重にも意味づけられる、開かれた素材だった。見立てとは、現実に想像の層を重ねる、心の働きそのものだったのである。
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