ダイキン工業——町工場から空調世界一へ

2024年度(2025年3月期)、ダイキン工業の連結売上高は4兆7,523億円。空調事業で世界シェア1位を誇り、世界170カ国以上で事業を展開するグローバル企業である。しかしその始まりは、1924年に大阪・難波で創業した従業員15名の町工場だった。

ダイキンの特異性は、「空気」という目に見えないものを事業の中心に据え、100年間一貫してその可能性を追求し続けてきたことにある。そして、日本の製造業が海外生産にシフトする中で「人を基軸に置く経営」を貫き、現地の人材を育て、現地で意思決定する「逆張りのグローバル戦略」で世界一に上り詰めた。

山田晃——砲弾工場から空調メーカーへ

1924年——大阪の町工場

ダイキン工業の前身「大阪金属工業所」は、1924年(大正13年)に山田晃(やまだ・あきら、1884–1943)が大阪市浪速区で創業した。当初は飛行機用ラジエーターチューブ(放熱管)の製造が主力で、軍需産業に依存する小さな金属加工工場だった。

転機は1930年代に訪れる。山田は海軍の人脈を通じて「フルオロカーボン」(フロン)の情報を入手し、約2年の研究を経て1935年に日本初のフロン生産に成功する。砲弾の金属加工と冷媒の化学——この2つの技術を1社で持つことが、後の空調メーカーへの転身を可能にした。

1951年、日本初のパッケージ型エアコンを開発。1958年には社名を「ダイキン工業」に変更し、空調専業メーカーとしての道を歩み始める。

井上礼之——「人を基軸に置く経営」

ダイキンを世界一の空調メーカーに押し上げたのは、1994年に社長に就任した井上礼之(いのうえ・のりゆき、1935年生まれ)である。井上が社長に就任した当時、ダイキンの売上高は約4,000億円。国内市場では松下電器(現・パナソニック)、三菱電機、日立製作所などの総合電機メーカーと競合し、規模では劣勢だった。

井上が掲げた経営哲学は「人を基軸に置く経営」。これは単なるスローガンではなく、具体的な経営判断の基準として機能した。

第1に、「空調専業」を貫いたこと。総合電機メーカーが多角化する中、ダイキンは空調に経営資源を集中した。「空気のことなら何でもやる。空気以外はやらない」——この一点集中戦略が、技術の深化と差別化を可能にした。

第2に、「現地化」を徹底したこと。多くの日本企業が「本社で決めて現地で実行する」モデルを取る中、ダイキンは「現地で決めて現地で実行する」モデルを採用した。各国の拠点に大幅な権限を委譲し、現地の人材をトップに据えた。

逆張りのグローバル戦略

ダイキンのグローバル展開で最も象徴的なのは、2006年のマレーシア・OYL Industries Bhd.買収(約2,400億円)と、2012年の米国・Goodman Global, Inc.買収(約3,000億円)である。

特にグッドマン・グローバル(以下、グッドマン)買収は、ダイキンの「逆張り」を象徴する。米国の空調市場は、ダクト式セントラル空調が主流であり、日本が得意とするルームエアコン(壁掛け型)とはまったく異なる市場だった。多くの日本メーカーが米国市場を「攻略困難」と見なす中、ダイキンはグッドマンを買収することで一気に米国市場のシェアを獲得した。

買収後、ダイキンはグッドマンの経営陣をそのまま残し、現地の経営判断を尊重した。「日本流を押し付けない」——この姿勢が、買収後の統合を成功させた要因だ。

インバーター技術——省エネの革命

ダイキンの技術的優位性の源泉は「インバーター技術」にある。1980年、ダイキンは世界初のインバーターエアコンを発売した。従来のエアコンがコンプレッサーのオン・オフで温度を制御するのに対し、インバーターはコンプレッサーの回転数を連続的に変化させ、必要な分だけ冷暖房する。これにより消費電力を30〜50%削減できる。

現在、日本で販売されるエアコンのほぼ100%がインバーター式だが、世界全体ではまだ約40%にとどまる。特に新興国では非インバーター式が主流であり、ここにダイキンの成長余地がある。「世界中のエアコンをインバーター化する」ことは、地球規模の省エネに直結する。

空気の未来——2050年への挑戦

2024年、ダイキンは創業100周年を迎えた。売上高4兆円超、世界170カ国以上で事業を展開する空調世界一の企業に成長した。しかし、ダイキンが直面する課題も大きい。

最大の課題は「冷媒問題」だ。エアコンに使用されるフロン系冷媒は、強力な温室効果ガスである。ダイキンは低GWP(地球温暖化係数)冷媒の開発を進め、2050年までにカーボンニュートラルを目指している。「空気で世界を快適にする」企業が、「空気を汚さない」技術を開発する——この矛盾を解決することが、次の100年の使命だ。

15人の町工場から始まった「空気の会社」は、100年かけて世界一になった。井上礼之が語る「人を基軸に置く経営」は、AI時代においてこそ、その真価が問われるのかもしれない。