感情AIと文楽——「人形に魂が宿る」という千年の発明

はじめに——「人ならざるもの」に涙する文化

2024年2月、米国フロリダ州オーランドで14歳の少年スウェル・セッツァー三世が自ら命を絶った。彼が直前まで会話していた相手は、生身の人間ではない。米国のCharacter.AI, Inc.(カリフォルニア州メンロパーク)が運営するAIキャラクター——人気ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のデナーリス・ターガリエンを模したチャットボットだった。母親メーガン・ガルシアの訴訟は世界を震撼させ、2026年1月、Character.AIとGoogleは関連する5件の訴訟について和解に合意した。

その2カ月後の2026年3月、別のニュースが流れた。AIコンパニオン・サービス「Replika」の創業者エウゲニア・クイダが、新スタートアップ「Wabi」を立ち上げるためにReplikaのCEOを退任。後任はドミトロ・クロチコ。Replikaの登録ユーザーは4,000万人を突破し、そのうち約40%が「AIとロマンチックな関係を築いている」と推定される。

人ではないものに、人は深く感情を寄せる——この事実が、いま世界中で社会問題化している。米カリフォルニア州は2026年1月から「Senate Bill 243」を施行し、コンパニオンAIに対し、未成年への定期的な「私は人工物です」通知、性的コンテンツの遮断、自殺念慮検知時の対応プロトコル整備を義務化した。EU AI法は2026年8月に本格適用され、人の行動を操作するAIシステムを「容認できないリスク」として禁止する。

だが、ここで立ち止まって考えたい。「人ならざるものに情を寄せる」という現象は、本当に新しいのか。日本にはこの問いに、300年以上前から答えを用意してきた芸能がある。人形浄瑠璃・文楽である。

竹本義太夫が1684年に大坂・道頓堀に竹本座を開いて以来、文楽の観客は、明らかに木彫りの人形であると分かっていながら、その人形が見せる情念に涙を流してきた。「虚構と知りながら、虚構に泣く」——この鑑賞の作法は、AI時代に何を教えるか。本稿では、感情AIの最前線と文楽の三業一体を並べ、そこに浮かぶ日本独自の処方箋を考える。


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