作務——掃除を修行と呼ぶ思想
ARBO Editorial · 関連記事 #057 — Vol4-09「家事ロボット × 作務・始末」補助線
家事ロボットが掃除や片付けを肩代わりし始めた。床を磨き、皿を洗い、衣類をたたむ——人間が「雑事」として手放したがる労働を、機械が引き受ける。だが禅の世界では、まさにその掃除や炊事こそが、坐禅と並ぶ修行の中核に据えられてきた。「作務(さむ)」と呼ばれる営みである。
労働そのものを修行とする
作務とは「務(つと)めを作(な)す」こと、すなわち修行道場における清掃・炊事・農作業など日常労働の全般を指す。禅は、坐禅や読経だけでなく、何気ない生活の労働そのものを「仏としての自己を調える修行」と位置づけた。家事を機械に委ねていく時代に、「掃除を修行と呼ぶ」思想は、労働と自己の関係を問い直す補助線になる。
行住坐臥すべてが修行——道元の身心一如
曹洞宗の開祖・道元(どうげん、1200–1253)は、坐禅だけを特別視しなかった。立つこと、歩くこと、坐ること、臥すこと——「行住坐臥」の二十四時間すべてが修行であると説いた。これは「身心一如」、すなわち身体の所作と心の在り方は切り離せないという思想に基づいている。
掃除をするとき、ただ汚れを落とすのではない。一心に箒を動かし、雑巾を絞るその行為に没入することで、自己を調える。作務は「行学一如」——実践と学びが一体であるという禅の根本を、最も日常的な場面で体現する営みなのである。
道元と老典座——「他は是れ吾にあらず」
道元が宋の寧波で修行していたとき、ある老典座(食事係の僧)と出会った。炎天下、海藻を干す過酷な作務をしている。道元が「なぜ若い者に任せないのか」と問うと、老典座はこう答えた。「他は是れ吾にあらず(他人がやったのでは、私の修行にならない)」「更に何れの時をか待たん(今やらないで、いつやるのか)」。
この言葉に、道元は衝撃を受けた。役割を誰かに譲れば楽になる。だがその役割を誠実に果たすことそのものが修行なのだ——若き道元が、作務の本質を悟った瞬間として伝わる逸話である。家事を「誰かに任せたい雑事」と見るか、「自己を調える機会」と見るか。老典座の問いは、機械化の時代にこそ鋭く響く。
一日作さざれば一日食らわず——百丈懐海
作務を修行として定着させたのは、唐代の禅僧・百丈懐海(ひゃくじょう・えかい、720?–814)である。彼は『百丈清規』を定め、禅林の集団生活の規則を確立し、労働を修行の一部に組み込んだ。
百丈は高齢になっても作務を欠かさなかった。弟子たちが気遣って農具を隠したところ、百丈はその日の食事を拒んだ。「一日作さざれば一日食らわず」——自分は一日仕事をしなかったのだから、一日食事はいただかない。労働と生存を一体のものとして引き受けるこの自制は、作務を重んじる禅の精神を象徴する。
インドの初期仏教では、出家者の労働は戒律で禁じられていた。しかし自給自足を求められた中国で、禅は労働を修行へと転換した。日本では道元がこれを受け継ぎ、坐禅と並ぶ重要な行とした。なお、作務の際に着る「作務衣」が一般化したのは昭和40年代、永平寺で用いられたのが最初とされる(諸説あり)。
現代への接続——労働を手放すとき、何を失うか
家事ロボットは、人間を反復労働から解放する。その価値は大きい。だが作務の思想は、労働を完全に手放すことの裏側にある問いを差し出す。掃除や炊事を「自己を調える時間」と捉えてきた文化にとって、その時間を機械に明け渡すことは、単なる効率化以上の意味を持つ。
重要なのは、すべてを手放すか否かの二択ではない。機械に委ねる労働と、自らの手で行う作務とを、どう仕分けるか。料理を楽しみ、庭を掃き、身の回りを整える行為の一部を、あえて自分の手に残す——そうした選択こそが、機械化時代の「身心一如」の実践になるのかもしれない。
注視ポイント
- 労働の意味の再定義:家事の自動化が進むなかで、人間が「あえて自分で行う」労働をどう位置づけるか。
- 没入と自己調整:反復作業への没入が持つ精神的価値が、生活設計のなかで再評価されるか。
- 委ねる/残すの仕分け:機械に任せる家事と、自らの手に残す作務を、人々がどう選び取っていくか。
ARBO Editorial · 2026年6月 · 関連記事 #057 — Vol4-09「家事ロボット × 作務・始末」補助線