BeReal——「飾らない瞬間」というささやかな反抗が、日本の若者の日常に根を下ろすまで
カテゴリー:世界と日本 | シリーズ:先端ビジネスとそのルーツ | 著者:ARBO編集部
はじめに——1日にたった2分間の物語
ある日の午後3時。あるいは深夜0時を過ぎた頃。あなたの手元の端末が、不意に小さく震える。「今、撮ってください」という合図。猶予は2分。前面と背面、2つのカメラが同時に作動し、目の前の景色と、それを見ている自分の顔とが、1枚の画像のなかに同居する。装飾も、編集も、後からの撮り直しも許されない。
これが、いまフランスで生まれ、日本の若者の間に静かに広がっている写真共有サービス「BeReal」の中核にある、たった1つの仕組みである。
2020年1月にひっそりと産声を上げたこの小さな写真共有サービスは、2026年現在、世界で4000万人、日本国内だけで約500万人が日常的に使うまでに育った。そして2026年2月、日本の広告会社Naht Inc.が手がけた採用施策では、大学生世代の約60%(約155万人)に届き、業界平均の倍を超える反応率を叩き出している。これは、単なる「若者向けの新しいアプリの1つ」と片づけてしまうには、いささか惜しい現象である。
なぜ「飾らない瞬間」を強要するこの不思議なサービスが、加工と演出に慣れきった現代の若者たちに受け入れられたのか。そして、それは日本の文化と、どこで響き合い、どこで擦れ違うのか。本稿では、まずBeRealという現象の輪郭を丁寧に辿り、その上で、日本社会への定着について2つの異なる見立てを提示してみたい。
第一部:グローバル視点——「ありのまま」を売る、フランス発の小さな反抗
1、2人の創業者と、メディアから距離を置く流儀
BeRealを生み出したのは、フランス人のAlexis Barreyat(アレクシス・バレヤー)とKévin Perreau(ケヴィン・ペロー)の2人である。バレヤーは創業時の最高経営責任者を務めた人物で、それまでの2年間、アクションカメラで知られるGoPro, Inc.のメディア制作部門に身を置いていた。「飾らない、その場の瞬間」を切り取る文化に、日々触れていた人物である。一方のペローは、フランスのコンサルティング会社Opteamisでプロジェクト統括責任者の経験を持つ。
興味深いのは、この2人がほとんど取材を受けないという姿勢を貫いてきた点である。創業の動機について本人たちが詳細に語った公式記録は、いまもほぼ存在しない。商品の哲学が「飾らないこと」であるならば、その作り手たちも、自らを過度に語らない——そうした態度の一貫性が、結果としてサービスの世界観を裏側から強く支えてきた。
2人がアプリの開発に着手したのは2019年の終わり頃。翌2020年初頭、米国Apple Inc.のApp Storeに静かに公開された。BeReal社は正式に法人として設立されている。
2、2021年の地味な助走——フランスの大学生たちから
公開された当初の1年間、BeRealは目立った成果を上げなかった。最初に火が点いたのは2021年、フランス国内のいくつかの大学キャンパスである。学生たちの間で口づてに広まり、年内におよそ50万人の利用者を獲得するに至った。
この控えめな成功に、米国シリコンバレーの目利きの投資家たちが反応する。2021年後半、Andreessen HorowitzとAccel Partnersという、いずれもインターネット産業の歴史を彩った、著名な投資会社が、合計で3000万米ドル規模の資金調達を主導した。
3、2022年——TikTok(ティックトック)の波に乗り、世界へ
BeRealが世界的な現象となったのは、翌2022年初頭のことだった。火種は、別の動画共有サービス「TikTok(ティックトック)」だった。利用者たちが「BeRealというフランス発の不思議なアプリがある」と、TikTok上で次々に話題にし始めたのである。
この自然発生的な口コミに合わせて、BeReal社は同年1月、英国と米国の市場へと本格的に進出した。各大学にアンバサダーを配置するという、地に足の着いた拡大策を採った。これが奏功し、同年8月の時点で、月間利用者数は約2000万人に達したと推定されている。
そして、この年のクライマックスは、12月にやって来る。Apple Inc.の年間ベストアプリ「iPhone App of the Year」に選出されたのである。創業からわずか2年。資金力でも、宣伝量でも、巨大な競合に遠く及ばない1社が、技術的な独自性ではなく「思想の独自性」によって世界の頂点に立った瞬間だった。
4、2023年から2024年——ブームの後の試練
しかし、急激な成長の後には、必ず潮が引く時期が訪れる。2023年、世界全体での年間ダウンロード数は約3150万件にまで膨らんだが、翌2024年にはその数字が約1270万件まで落ち込んだ。前年比で約60%の減少である。同年の月間利用者数は約1600万人と、ピーク時のおよそ80%の水準に縮んだ。
巷では「BeRealは終わった」という声も囁かれた。だが、サービス自体が消えたわけではなく、むしろ熱狂的な利用者の核が残り、別の市場で新たな成長の芽を育てつつあった。その「別の市場」こそが、後述する日本である。
そして2024年6月11日、BeReal社は大きな転機を迎える。フランスのモバイル向けゲーム会社Voodoo Inc.が、同社を5億ユーロ(当時の為替で約5億ドル、日本円でおよそ850億円相当)で買収したのである。創業者Alexis Barreyat(アレクシス・バレヤー)は最高経営責任者の座を退き、Voodoo傘下の別の写真共有サービス「Wizz」を率いていたAymeric Roffë(エメリック・ロフェ)が新たな経営者として就任した。
5、2020年から2026年——「広告のないSNS」から「広告で稼ぐSNS」へ
Voodoo Inc.による買収の意味は、しばらくして明らかになる。2025年4月、BeRealは米国市場で本格的な広告事業を開始した。それまで頑なに守ってきた「広告のないSNS」という看板を、自ら下ろした瞬間である。
しかし、この方針転換は単なる「商業化への屈服」とは少し違う。BeReal流の広告は、利用者が1日1回投稿するという独自の仕組みに合わせて設計され、配信頻度を絞り、画面のなかに違和感なく溶け込ませる工夫が凝らされている。同社の発表によれば、米国で広告を導入してから約半年で200を超える広告主の出稿を集め、平均的な反応率は他のSNSの数倍に達するという。
そして2026年1月、月間の世界利用者数は再び4000万人を超えた。創業から6年を経て、BeRealは「一過性の流行」から「定着した小さな生態系」へと、姿を変えつつある。
第二部:日本での浸透——フランスを除けば最大の市場という事実
1、2024年秋、東京に置かれた「初の海外拠点」
BeReal社は2024年の秋、フランス国外で初めての海外オフィスを東京に開設した。日本市場の優先度が、同社のなかで他国を拭いて(おいて)高いことの何よりの証である。
実際、2025年3月の時点で、日本国内の月間利用者数は450万人を超えており、フランス本国を除けば世界最大の市場となっていた。利用者層の中心は14歳から27歳、いわゆる「Z世代」と呼ばれる若年層である。
2025年11月の調査では、日本国内における高校生女性の利用率が35.0%、高校生男性が30.1%、大学生女性が31.1%、大学生男性が17.0%と報告されている。CyberAgent, Inc.の次世代生活研究所が実施した「Z世代のSNS利用率」調査では、InstagramやXといった主要SNSの利用率が頭打ちになるなか、BeRealだけが過去3年間にわたって右肩上がりの成長を続けた稀有な存在となっている。
2026年2月の時点では、日本国内の月間利用者数は約500万人、大学生世代に限れば認知率96%、利用率65%という、ある意味では「飽和に近い」浸透度を示している。
2、なぜ、日本でこれほど受け入れられたのか
理由はいくつもあろうが、本稿で注目したいのは次の点である。
BeRealが要求する「飾らない一枚」は、日本の若者にとって、奇妙な解放感をもたらすものであったらしい。InstagramやTikTokで日々求められる「映える」演出。それに疲れた若者たちにとって、「加工しなくていい」「むしろ加工してはいけない」という見範は、長ら押し殺してきた本音をほんの少しだけ許してくれる装置であった。
加えて、BeRealは「友人にしか見せない」という小さな閉じた空間を維持している。世界中に発信するための舞台ではなく、本当に親しい数人の仲間と日常の断片を交換する縁側のような場所——そう捉えると、これは古くから日本人が大切にしてきた「内輪」の文化と、どこかで響き合っているようにも思える。
第三部:日本での今後——二つのシナリオ
ここからは、BeRealが今後の日本社会でどのような位置を占めていくかについて、性質の異なる2つの見立てを示してみたい。記事の最後で、ARBO編集部としての一つの解釈を提示する。
シナリオA:「Z世代の生活基盤」として根付く
楽観的な見立てから始めよう。
このシナリオでは、BeRealは単なる流行のSNSを越えて、Z世代の日常生活に不可欠な道具として定着していく。根拠は4つある。
第1に、すでに大学生の65%が利用しているという数字は、もはや「一部の若者の遊び」と片づけられる規模ではない。あるサービスが世代の過半数に浸透すると、そこには独自の経済圈が生まれる。事実、2022年に入ってから、日本国内では化粧品、食品、就職情報など、若者向けの商材を扱う企業が次々とBeRealを広告媒体として活用し始めている。
第2に、日本社会全体としての「SNS疲れ」が、もはや一時的な気分ではなく構造的な現象になっている。各種調査によれば、日本のSNS利用者の半数以上が「他人の投稿に疲れる」と回答しており、編集や演出を求めない粗朴なSNSへの需要は年を追うごとに高まっている。BeRealはこの構造的な需要にぴたりと合致しており、追い風はしばらく止まないだろう。
第3に、日本独特の「内輪」文化との親和性が高い。表向きには建前を語り、本音は気心の知れた仲間でだけ漏らす——この行動様式は、BeRealの「友人だけに見せる」という設計と、深いところで響き合う。
第4に、日本オフィスの設置と現地での広告事業の本格化により、日本市場専用の機能改善や、日本企業との連携が加速する余地が大きい。すでにNaht Inc.のような広告会社が新しい広告の形式を共同で開発しており、この流れは続くと見込まれる。
このシナリオが現実になるならば、BeRealは「Z世代向けSNSの代表的存在」として、向こう3年から5年の間、安定した地位を築くことになるだろう。
シナリオB:「過渡期の現象」として静かに沈静化する
一方で、慎重な見立ても示しておく必要がある。
このシナリオでは、BeRealは現在の利用者層を維持こそするものの、これ以上の大きな広がりは見せず、いずれ他のサービスにその役割を譲っていく。理由は同じく4つ挙げられる。
第1に、世界全体でのダウンロード数の急減(2023年から2024年にかけて約60%減)は、日本市場でもいずれ起こりうる現象である。Z世代の特徴の1つに「飽きやすさ」と「移り気の早さ」があり、現在の高い利用率も、別の魅力的なサービスが登場すれば一気に乗り換えられる可能性がある。
第2に、日本人の「ありのまま」と、BeRealが要求する「ありのまま」との間には、実は微妙な、しかし無視できない違いがある。日本社会において「素の自分を見せる」という行為は、欧米ほど無条件に肯定される文化的背景を持たない。むしろ、空気を読み、場に合わせて自分の振る舞いを調整することが美徳とされてきた。「強制的に飾らない瞬間」を共有することへの心理的な抵抗が、潜在的な利用者層の一定割合をなお留めている可能性は高い。
第3に、広告事業の本格化は両刃の剣である。広告を嫌って集まってきた利用者が、広告の増加に失望して離れる現象は、SNSの歴史において繰り返し観察されてきた。Voodoo Inc.は節制的な広告設計を強調しているものの、収益拡大の圧力が強まるにつれ、当初の節度が保たれる保証はない。
第4に、競合サービスの登場である。BeRealが切り拓いた「飾らないSNS」という市場は、もはや無人地帯ではない。米国のLocketや、Instagramが導入した同種の機能、さらには日本国内の事業者による類似サービスなど、選択肢が確実に増えている。利用者にとって、BeRealである必然性は徐々に薄れていく可能性がある。
このシナリオが現実になるならば、BeRealは2028年頃には「あの頃流行ったSNSの1つ」として、若者の記憶のなかにしまわれていくことになるだろう。
ARBOの見解——「第2の場所」として静かに定着する
2つのシナリオを並べた上で、ARBO編集部としての現時点での見立てを示したい。
我々の見方は、両シナリオの中間に位置する。すなわち、BeRealは日本において**「主要SNSを置き換える存在」にはならないが、「主要SNSの隣で、ささやかに生き続ける第二の場所」として定着する**、というものである。
その根拠は、日本社会が長らく培ってきた「公(おおやけ)」と「私(わたくし)」、あるいは「ハレ」と「ケ」という二項対立の文化にある。Instagramが「ハレ」の舞台、すなわち晴れの日や特別な瞬間を演出する場であるとすれば、BeRealは「ケ」の場、つまり日常の何気ない瞬間を、ごく親しい仲間とだけ交換する場として、棲み分けていく可能性が高い。
この棲み分けが成立するならば、BeRealが世代の主役SNSになることはなくとも、一定の利用者層と独自の文化的地位を保ち続けることはできる。Voodoo Inc.がこの「狭くて深い」市場を理解し、収益拡大を急ぎすぎなければ、BeRealは長く生き残るだろう。
注視すべき三つのポイント
向こう1年から2年、ARBO編集部が特に注目していく観点は次の3つである。
1つ目は、広告事業の節度である。日本市場における広告の出稿密度と、それに対する利用者の反応を継続的に観察したい。広告が「日常の風景」を壊さないかぎり、BeRealの世界観は維持されるはずである。
2つ目は、日本企業との独自の連携の深さである。単なる広告媒体としてだけではなく、日本のメディアや教育機関、地域社会と組んだ取り組みが生まれるかどうか。ここに、BeRealが日本に根を下ろせるかの分水嶺がある。
3つ目は、「飾らない」という思想を共有する次の波である。BeRealそのものが残るかどうかと同時に、「演出に疲れた若者が、本音の交換を求める」という大きな流れが、別の形で次に何を生むのか。ここを見据えることが、より長期的なビジネスの示唆につながる。
BeRealという小さなサービスは、SNSの歴史において、おそらく決定的な変革者ではない。しかし、加工と演出に飽和した現代社会のなかで、「ほんの少しだけ素のままでいてもよい」という小さな許可を、1日に2分間だけ若者たちに与えてきた。その許可がもたらす効果は、数字よりもはるかに静かに、そして深く、日本の若者の日常を変えつつあるのかもしれない。我々はこの先も、この「ささやかな反抗」がどこへ向かうのかを、注意深く見守っていきたい。
本稿は2026年5月時点の公開情報に基づいて執筆されました。最新の数値は変動する可能性があります。
参考資料・出典(記事本文では非表示・管理用)
- Contrary Research: BeReal Company Profile (https://research.contrary.com/company/bereal)
- Business of Apps: BeReal Statistics (https://www.businessofapps.com/data/bereal-statistics/)
- Cybernews: BeReal popular in Japan (https://cybernews.com/tech/bereal-popular-in-japan/)
- PRTimes: ナハト BeReal広告施策発表 (https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000082.000063127.html)
- Nikkei Asia: BeReal finds success in engaged Japanese market (https://asia.nikkei.com/business/media-entertainment/bereal-finds-success-in-engaged-japanese-market-says-ceo)
- TechCrunch: BeReal 40M MAU and US ads (https://techcrunch.com/2025/04/10/bereal-which-says-it-has-40m-monthly-users-is-rolling-out-ads-in-the-u-s/)
- CyberAgent, Inc.(サイバーエージェント): 次世代生活研究所 Z世代SNS利用率調査 (https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=32772)
- MarkeZine: BeReal日本市場分析 (https://markezine.jp/article/detail/48631)
- BeReal公式: Voodoo買収発表 (https://bereal.com/news/voodoo-acquires-bereal)