宇宙エレベーター × 天橋立伝説——神が架けた梯子
地上と宇宙をケーブルで結ぶ「宇宙エレベーター」。SF小説の中の夢物語と思われてきたこの構想が、カーボンナノチューブの発展により、2050年代の実現が視野に入りつつある。大林組は2012年2月、広報誌『季刊大林』53号で「2050年までに宇宙エレベーターを建設する」構想を発表し、研究を続けている。
「地上と天を物理的につなぐ構造物」——この壮大なビジョンは、日本神話の中にすでに存在していた。天橋立(あまのはしだて)伝説である。
天橋立伝説——神が架けた梯子
京都府宮津市の天橋立は、日本三景の1つとして知られる全長約3.6kmの砂州だ。『丹後国風土記』(逸文)によれば、天橋立はイザナギノミコトが天と地を行き来するために架けた梯子(はしご)が、イザナギが寝ている間に倒れて海に落ちたものだとされる。
この神話は、「天と地をつなぎたい」という人類普遍の欲望を表現している。バベルの塔(旧約聖書)、ヤコブの梯子(同)、世界樹ユグドラシル(北欧神話)——世界中の神話に「天と地をつなぐ構造物」が登場する。宇宙エレベーターは、この神話的欲望の科学的実現と言える。
宇宙エレベーターの科学
宇宙エレベーターの基本原理は、静止軌道(地上約36,000km)にカウンターウェイトを配置し、そこから地上までケーブルを垂らすというものだ。ケーブルに沿って「クライマー」(昇降機)が移動することで、ロケットを使わずに宇宙に到達できる。
最大の技術的課題は「ケーブルの素材」だ。36,000kmの長さに耐え、自重で切れない素材が必要になる。現時点で理論的に可能とされるのは、カーボンナノチューブ(CNT)のみだ。CNTの理論的引張強度は鋼鉄の約100倍。しかし、長尺のCNTを均一な品質で製造する技術はまだ確立されていない。
大林組の構想では、全長96,000km(静止軌道の先にカウンターウェイトを配置するため)のケーブルを使用し、クライマーは時速200kmで約7.5日かけて静止軌道に到達する。建設コストは約10兆円と試算されている。
「つなぐ」という想像力
天橋立伝説と宇宙エレベーターに共通するのは、「分断されたものをつなぐ」という想像力だ。天と地、宇宙と地球——本来到達できない場所に「橋を架ける」という発想。
日本文化には「橋」に特別な意味を持たせる伝統がある。橋は「此岸と彼岸」(この世とあの世)をつなぐ装置であり、「境界を越える」象徴だ。天橋立が「股のぞき」(逆さに見ると天と地が逆転する)で有名なのも、「天地の境界を曖昧にする」遊びとして理解できる。
宇宙エレベーターが実現したとき、人類は文字通り「天に橋を架ける」ことになる。イザナギが夢の中で落としてしまった梯子を、カーボンナノチューブで架け直す——それは、神話の時代から続く人類の夢の、科学的な成就なのかもしれない。