量子コンピュータ × 陰陽道——「間(あわい)」を操る技術
量子コンピュータの基本単位「量子ビット」は、0と1の「重ね合わせ状態」にある。観測するまで、0でもあり1でもある——この直感に反する性質が、量子コンピュータの圧倒的な計算能力の源泉だ。しかし「確定しない状態」「どちらでもある状態」に意味を見出す思想は、日本には古くから存在していた。陰陽道(おんみょうどう)である。
陰陽道——「間(あわい)」を操る技術
陰陽道は、7世紀に中国から伝来した陰陽五行思想を基盤に、日本で独自に発展した思想・技術体系だ。陰陽師(おんみょうじ)は、天文・暦・占い・呪術を司り、平安時代には朝廷の意思決定に深く関与した。
陰陽道の核心は、世界を「陰」と「陽」の二項対立で捉えつつ、その「間(あわい)」——陰でも陽でもない中間状態——に特別な力を見出すことにある。夜明け(陰から陽への移行)、黄昏(陽から陰への移行)、季節の変わり目——これらの「境界」の時間は、陰陽道では「力が不安定になる時」とされ、特別な注意が必要とされた。
安倍晴明(あべのせいめい、921–1005)に代表される陰陽師たちは、この「間」を読み、操ることで、吉凶を判断し、災いを避けた。重要なのは、陰陽道が「確定した状態」よりも「未確定の状態」に注目する思想だということだ。
量子力学の「重ね合わせ」
量子力学において、量子ビットは観測されるまで0と1の「重ね合わせ状態」にある。シュレーディンガーの猫が「生きている状態と死んでいる状態の重ね合わせ」にあるように、量子ビットは「0である状態と1である状態の重ね合わせ」にある。
この性質により、n個の量子ビットは2のn乗の状態を同時に表現できる。古典コンピュータが1つずつ計算するところを、量子コンピュータは「すべての可能性を同時に探索する」ことができる。これが量子コンピュータの計算速度の源泉だ。
2024年、Google LLCの量子チップ「Willow」が、スーパーコンピュータでは10の25乗年かかると推定される計算を5分未満で実行したと発表された。この成果の主眼は、量子ビットを増やすほど誤り率を下げられる「誤り訂正の閾値突破」にある。実用的な計算への道筋を示した一方、商用化にはなお時間を要するとされる。
「確定しない」ことの力
陰陽道と量子力学に共通するのは、「確定しない状態」に特別な力を見出す点だ。
陰陽道では、「間」の時間——夜明け、黄昏、季節の変わり目——は「力が揺らぐ」時であり、そこに介入することで現実を変えられると考えた。量子力学では、「重ね合わせ状態」にある量子ビットは、すべての可能性を同時に保持しており、観測(測定)によって初めて1つの状態に「確定」する。
西洋的な二項対立思考——0か1か、真か偽か、善か悪か——は、「確定」を前提とする。しかし陰陽道は、「確定する前の状態」にこそ力があると考えた。量子コンピュータも、「確定する前の状態」(重ね合わせ)を計算資源として活用する。
「観測」が現実を確定する
量子力学の最も不可解な点は、「観測が状態を確定する」ことだ。観測する前、量子ビットは0と1の重ね合わせにある。観測した瞬間、0か1かに「崩壊」する。観測者の行為が、物理的現実を決定する。
陰陽道における「占い」も、同様の構造を持つ。陰陽師が亀甲や筮竹で占うとき、未来は「未確定」の状態にある。占いの結果が出た瞬間、1つの可能性が「選択」される。そして陰陽師は、その結果に基づいて行動を変えることで、現実を操作する。
「観測が現実を確定する」——この量子力学の核心命題を、陰陽師たちは1000年前から直感的に理解していたのかもしれない。量子コンピュータの時代に、「間」を操る陰陽道の思想は、新たな哲学的意味を帯び始めている。