AIを支える人間たち——データラベラー経済と「結」の共同体

はじめに——AIの「無人化」という幻想

ChatGPTもClaudeも、Sora 2もVeo 3も——いずれも「自律的に考え、創造するAI」として喧伝される。だがその背後には、世界中で数百万人規模の人間が、見えない場所で黙々と働いている。テキストを評価し、画像にラベルを付け、有害コンテンツを判別し、AIの応答に「より人間らしい」フィードバックを与えている。これら**データラベラー(Data Labeler)**と呼ばれる人々の労働なくして、現代のAIは存在し得ない。

2025年6月、Meta は Scale AI に140億ドル(約2兆1,000億円)を出資し、評価額290億ドルとなった。28歳の創業者 Alexandr Wang(アレクサンドル・ワン)は同社CEOを退任し、Meta の初代 Chief AI Officer に就任。この異例の人事は、データラベリング業界がAI開発の戦略的中核であることを示した。同年10月には、新興企業 Mercor が評価額100億ドルに達し、データラベリング業界は「量から質への転換期」を迎えている。

しかしその裏で、ケニア・フィリピン・インドのデータラベラーたちは、時給1〜2ドルで児童性的虐待や暴力描写などの有害コンテンツに向き合い続け、深刻なPTSDに苦しんでいる。2025年5月には、サンフランシスコの Surge AI に対し、データアノテーターを独立請負業者として誤分類したとする集団訴訟が提起された。AIの「無人化」という幻想の下で、新しい形のグローバル労働搾取が広がっている。

この状況に対し、日本の農村に古くから存在する 「結(ゆい)」 の制度が、別の労働観を提示する。田植え、稲刈り、茅葺き屋根の葺き替え——金銭ではなく労働を貸し借りし、顔の見える共同体で支え合う仕組み。富山県五箇山、岐阜県白川郷の合掌造り集落では、いまもこの制度の名残が残る。

本稿では、AI時代の「見えない労働」の最前線と、日本が育んできた「顔の見える協働」の知恵を並べ、これからの労働のあり方を考える。


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