空間コンピューティングと茶室——四畳半に畳み込まれた宇宙

はじめに——「空間に情報を重ねる」という発想は、本当に新しいのか

2024年2月、米国のApple Inc.(アップル、米国カリフォルニア州クパチーノ)は、ヘッドセット型の新製品「Apple Vision Pro」を米国で発売した。価格は3,499米ドル。同社のティム・クック最高経営責任者(Tim Cook)は発表に際し、これを「空間コンピューティング(spatial computing)の幕開け」と位置づけ、iPhoneに匹敵する新しい計算機の地平が始まったと宣言した。

それから2年が経った2026年5月。米テック媒体MacRumorsは2025年10月の報道で、アップルが後継機「Vision Pro 2」と廉価版「Vision Air」の双方の開発を一旦停止し、軸足をスマートグラスへと移したと伝えた。米Bloomberg、米The Informationといった主要媒体も同じ趣旨を報じている。市場調査会社IDCは、第1世代Vision Proの2025年第4四半期の出荷台数を約4万5千台と推計。英Financial Timesは「Apple Vision Proを買う人がほとんどいない」と切り捨てる見出しを掲げた。

ヘッドセット型による「空間コンピューティング」は、わずか2年で踊り場を迎えた。だが、空間コンピューティングという思想そのものが終わったわけではない。アップルはスマートグラスへ、米Meta Platforms, Inc.(メタ、米国カリフォルニア州メンローパーク)はOakley Meta Glassesへ、そして産業用市場ではマイクロソフト、Magic Leap、ニコンといった企業群が、より日常に溶け込むかたちで「物理空間と情報空間を重ねる体験」の標準化競争を続けている。

この踊り場に立ち、改めて問いを立て直したい。

「物理空間に意味の層を何重にも重ねる」という発想は、本当に2024年の新しい発明だったのか。それとも、人類が——とりわけ日本が——遥か昔に体得していた空間思想の、テクノロジーによる再演ではないのか。

本稿では、Apple Vision Proを中心とする2026年の空間コンピューティング市場の現在地を確認したうえで、千利休が16世紀末に完成させた草庵茶室、なかでもわずか二畳の国宝「待庵(たいあん)」を補助線に、両者がどこで響き合い、どこで決定的に違うのかを編集部の見立てを交えて検討する。


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