杜氏と四季醸造——発酵をデータに移す試みは1909年に始まっていた

カテゴリー:世界と日本 | シリーズ:先端ビジネスとそのルーツ | 著者:ARBO編集部

はじめに——泡の立ち方を、誰が読むのか

2019年、世界最大級の酒類メーカーDiageo plc(ディアジオ)が動いた。組んだ相手は、ソフトウェア大手のMicrosoft Corporationと、会計・コンサルティング大手のEY(アーンスト・アンド・ヤング)である。スコッチウイスキー蒸留所の発酵・蒸留工程で集めたリアルタイムデータを、機械学習にかけたと報じられている。熟練技術者の勘に頼っていた品質判断の一部を、モデルへ置き換えようとする試みだった。泡の立ち方や温度の揺れを、職人の目ではなく数値で読む。そんな場面を想像してみてほしい。

発酵は、目に見えない微生物が主役の仕事である。温度やpH、菌の状態といった無数の変数が絡み合い、仕上がりを左右する。この仕事を長く支えてきたのは、言葉にしにくい職人の勘だった。その勘を数値へ移す試みは、実は今に始まった話ではない。1909年、京都・伏見のある酒蔵が、同じ課題に正面から取り組んでいる。

第一部:泡の立ち方を、人ではなくセンサーが読む

フレーバーもAIが設計する時代

発酵を数値で管理しようとする動きは、ウイスキーだけにとどまらない。同じ2019年、香辛料大手のMcCormick & Company(マコーミック)が動いた。IT大手のIBM(International Business Machines Corporation)と組んだ。AIで香味の配合を設計する基盤「ONE: A New Flavor System」を発表したのである。熟練の調香師が長年積み上げてきた配合の感覚を、データとアルゴリズムの側へ寄せる試みだった。

発酵そのものを工業製品のように扱う企業も現れた。乳タンパク質を微生物発酵でつくるPerfect Day, Inc.は、2020年9月時点でシリーズCとして約3億ドルを調達したと報じられている。牛を飼わずにタンパク質を得るという発想は、発酵が畜産の代替技術になりうることを示した。

菌株そのものを商品にする会社が上場した

さらに踏み込んだのが、菌株の開発と発酵工程を自動化する企業Ginkgo Bioworks, Inc.だ。2021年9月17日、SPAC(特別買収目的会社)との合併でニューヨーク証券取引所に、ティッカーシンボル「DNA」として上場し、発酵の受託基盤を広く公開した。発酵は、もはや一つの蔵や工場の中に閉じた技術ではない。外部に委託できる産業基盤になりつつある。

発酵装置の運転データを専門に扱うCulture Biosciences, Inc.のような会社も登場している。こうした企業に共通するのは、微生物の挙動を人間の観察から切り離し、記録と予測の対象へ移そうとしている姿勢だ。かつては杜氏やブレンダーの舌と鼻が判断していた領域に、センサーとモデルが入り込んでいる。

ステンレス製の発酵タンクと温度計が並ぶ現代的な醸造設備
ステンレス製の発酵タンクと温度計が並ぶ現代的な醸造設備

ただし、ここで一つ確かめておきたい。勘を数値へ置き換える発想自体は、決して目新しいものではない。日本の酒蔵は、すでに明治の終わりに同じ壁へ挑んでいた。

第二部:酒屋が研究所を建てた年

冬にしか造れなかった酒

明治中期の清酒づくりは、杜氏の経験則に支えられていた。気温が低い季節でないと発酵が安定せず、生産はほぼ冬場に偏っていた。夏の暑さは雑菌の繁殖を招き、品質を保つのが難しかったからだ。酒蔵にとって、一年のうち仕込める時期は限られていた。

この制約を変えようとした人物が、大倉恒吉(おおくらつねきち、1869年〜1953年)である。京都・伏見で酒造りを営む経営陣の一人だった大倉は、1909年、大倉酒造研究所を設立した。目的は明快だった。冬にしか造れない酒を、一年を通じて安定して造れるようにすることである。

勘を実験と紙に書き写す

通年で醸造するには、季節ごとに変わる気温に合わせて、微生物の働きをどう調整するかを言葉と数値にしておく必要があった。大倉酒造研究所は、温度の上げ下げ、使う菌、仕込みの経過を実験として何度も回し、結果を紙へ記録する仕組みをつくった。杜氏の頭の中にしかなかった判断を、再現できる手順へ変えていく作業である。

防腐剤を使わない瓶詰めも、この延長にある。低温での貯蔵と菌株の厳密な管理があって初めて、防腐剤なしの品質保持は成り立つ。これらはすべて、研究所に蓄積された記録の上に乗っていた。偶然の成功ではなく、積み重ねた実験の結果だった。

研究所で得られた知見は、蔵の外へも広がっていった。後発の清酒製造企業が品質管理を標準化する足がかりとなり、業界全体が季節生産から周年生産へと移る流れを後押しした。杜氏一人の勘に頼っていた仕事が、紙の上の手順へと姿を変えた瞬間である。

積まれた和紙の束と硯、木箱が置かれた静かな作業台
積まれた和紙の束と硯、木箱が置かれた静かな作業台

第三部:機械で季節を消した欧州と、帳面で乗り切った日本

冷凍機が季節を消した

欧州では、別の経路で同じ課題が解かれていた。1873年、Carl von Linde(カール・フォン・リンデ)が開発した機械式冷凍装置が、ミュンヘンのシュパーテン醸造所に導入された。気温に左右されずビールを通年で造れるようになった、大きな転換点である。欧州はまず、装置の力で季節そのものを消しにかかった。

次に動いたのは菌の側だった。1883年、カールスバーグ研究所でEmil Christian Hansen(エミール・クリスチャン・ハンセン)が酵母の分離に取り組んだ。単一の純粋培養酵母Saccharomyces carlsbergensisを、ここで初めて得たのである。これにより菌は「選べるもの」になり、発酵は経験則から再現可能な科学技術へと移っていった。機械で環境を固定し、菌を選び抜く。これが欧州の道筋だった。

日本は人の判断を紙に写した

日本の酒蔵がとった道は、これとは少し違う。冷凍機や酵母の分離だけに頼るのではなく、人がどう判断してきたかを実験と記録に写し取る装置として、研究所という場を置いた。杜氏の勘を否定したのではない。むしろ、その勘のどこが品質を決めているのかを突き止めようとした試みだった。

欧州(19世紀)日本(明治)現代
季節への対処機械式冷凍で温度を固定する温度と菌株を記録し通年化するセンサーとAIで工程を予測する
発酵の単位純粋培養酵母で菌を選び抜く杜氏の判断を実験記録に写す運転データを学習の対象にする
残るもの再現可能な技術そのもの記録に値すると定めた項目記録項目に入った変数だけ

表からも分かる通り、三者の道筋は違っても、行き着く先は似ている。勘を「誰でも扱える形」へ移すという一点だ。現代のAIは、この記録をさらに先へ進めようとしている。判断の根拠そのものを、モデルへ移そうとする試みである。

ただし、移せるのは記録項目に入ったものだけだ。何を測り、何を測らないかを決める段階で、再現できる範囲はすでに確定してしまう。大倉酒造研究所が温度と菌株を記録項目に選んだように、現代のセンサーも「何を拾うか」をあらかじめ決めている。そこから漏れた判断は、どれだけ精巧なモデルを使っても再現できない。

ARBOの見解——競争の焦点は精度ではなく設計に移る

発酵をAIで管理する動きが広がる先に、三つの道が考えられる。一つは、発酵の運転データが企業の外へ出ない資産として囲い込まれ、受託基盤を持つ側に設備投資と知見が集中していく道だ。Ginkgo Bioworksのような企業がこの先頭に立つ可能性がある。

二つ目は逆の方向である。センサーとモデルの価格が下がり、中小の蔵や醸造所が自前の記録から独自の基準をつくる道だ。標準化よりも個別最適が進む展開になる。三つ目は、技術よりも制度が先に動くケースである。精密発酵でつくった原料の扱いが国ごとに割れ、普及の速度を規制が決めてしまう可能性もある。

どの道が実際に進むかを、本稿では断定しない。ただしARBOは、競争の焦点がモデルの精度そのものから、「何を記録項目として選ぶか」という設計へ移ると見ている。1909年の大倉酒造研究所が最初にやったのも、温度と菌株を記録に値する項目として定めたことであって、杜氏の勘を切り捨てたことではなかった。何を測るかを自分で決められない事業者は、他社が決めた指標の上で品質を競うことになりかねない。

注視ポイント——今後12〜24カ月のシグナル

国内の大手酒造・醸造企業が、センサーやAIを使った工程管理をIRや技術発表でどこまで具体的に公開するかを見ておきたい。公開の濃淡が、各社の技術的な自信を映す指標になる。

精密発酵由来の原料について、各国の規制当局が承認と表示のルールをどう整えるかも重要だ。技術が先に進んでも、制度が追いつかなければ市場には出せない。

Ginkgo Bioworksの受託案件数と財務の推移にも注目したい。発酵の「プラットフォーム化」というビジネスモデルが、事業として続くかどうかを測る試金石になる。

参考文献

  • 月桂冠資料館「月桂冠の歴史と酒造研究所の役割」
  • 日本食糧新聞「日本酒の近代化——季節生産から周年生産へ」
  • 京都大学文学部「明治期の清酒業と技術革新」