Waymoが走る街——飛脚と宿場制が示す、移動の公共性
はじめに——「無人タクシー」が当たり前になる年
2026年は、自動運転モビリティが「実証実験」から「商業的現実」へと完全に移行した年として記憶されるだろう。Alphabet 傘下の Waymo(カリフォルニア州マウンテンビュー)は、同年2月、シリーズの集大成として 160億ドルの資金調達 を完了し、評価額450億ドルに達した。週次ライド数は40万回を突破、年末までに週次100万回の有料ライド を目標に掲げている。
展開エリアも急拡大している。フェニックス、サンフランシスコ、ロサンゼルス、オースティンに加え、2025年11月にはマイアミ、ダラス、ヒューストン、サンアントニオ、オーランドの5都市で完全自動運転サービスを開始した。2026年中には東京、ロンドン、シンガポールなど米国外20以上の都市 への展開準備を進めている。
競合構図は劇的に変わった。GM 傘下の Cruise は2024年末に親会社から資金提供を打ち切られ、事実上撤退。Tesla の Robotaxi(Cybercab) は Elon Musk が「2026年内に米国全土で展開」と公言したが、過去の遅延の歴史から実現性に疑問符が付く。共同 CEO の Tekedra Mawakana と Dmitri Dolgov は、2026年2月の資金調達時に「我々はもはや概念を証明しているのではなく、商業的現実を拡大している」と宣言した。
しかしこの「無人タクシー」の普及は、根本的な問いを社会に投げかけている。「移動は公共財か、私財か」——道路は誰のものか、移動の権利は誰が保証するのか、自動運転車によるサービスは一私企業が提供するべきものなのか。
この問いに、江戸時代の日本が400年前に独自の答えを出していた。徳川幕府が整備した 五街道と宿場制、そして公私混在の 飛脚 のシステムは、「移動と通信の公共インフラ」を、身分を超えて共有する仕組みだった。本稿では Waymo が示す未来と、江戸の宿場制が示した知恵を並べ、移動の公共性の意味を考える。
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