翻訳語の発明——「社会」「自由」はいかにして日本語になったか

AI翻訳は、ある言語の単語を別の言語の単語へと、瞬時に置き換える。だが、置き換える先の言葉がそもそも存在しなかったら、どうなるのか。幕末から明治にかけての日本は、まさにその難問に直面した。「society」も「liberty」も「right」も、対応する日本語がなかった。先人たちは、概念ごと新しい言葉を鋳造することで、未知の思想を日本語の体系へと招き入れたのである。

訳せない言葉との格闘

西洋の文物が本格的に流入した幕末から明治初期、知識人たちは膨大な翻訳の作業に直面した。問題は、単語の対応関係が見つからないことではなく、その単語が指す「概念」そのものが日本に存在しないことであった。たとえば「society」。人々が個人として集い、結びついて形づくる集団という観念は、それまでの日本の語彙には収まりきらなかった。「世間」でも「仲間」でもない、新しい何かを指す言葉が必要だった。

西周(にし あまね)は、こうした訳語の創造に深く関わった一人として知られる。彼は「philosophy」に「哲学」、「science」に「科学」など、多くの学術用語の訳語の定着に寄与したとされる。漢字の持つ造語力を駆使し、二つ以上の漢字を組み合わせて新しい概念を表す言葉を作り出していった。これらの言葉の多くは、今日の私たちが当たり前に使う日本語の骨格をなしている。


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