人形供養——「もの」との別れ方を知っていた文化
AIコンパニオンとの絆が深まるほど、いつか訪れる「別れ」も問われるようになる。サービスの終了、データの消去——心を寄せた相手をどう手放すのか。日本には、心を込めた「もの」と、敬意をもって別れるための作法があった。人形供養である。それは、ものへの愛着を断ち切るのではなく、感謝とともに送り出す、別れの儀礼であった。
焼くのではなく、供養する
人形供養とは、長く手元に置いた人形や、思い入れのある人形を、寺社で読経などとともに供養し、感謝を捧げて手放す行事である。全国の寺社で営まれており、役目を終えた雛人形や日本人形、ぬいぐるみなどが持ち込まれ、僧侶や神職による供養を経て納められる。
なぜ、ただ捨てるのではなく、わざわざ供養するのか。そこには、人形が単なる物体ではないという感覚がある。とりわけ人形は、人の形をしているがゆえに、持ち主の心が深く宿りやすい。幼い日をともに過ごした人形、子の成長を見守った雛人形——それらには、持ち主の思い出と情が込められている。そうしたものを、ごみとして無造作に処分することには、強い抵抗が伴う。人形供養は、その抵抗に応える、心のための作法であった。
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