付喪神——道具が心を宿すという、日本の想像力
人は、機械に心を見出しはじめている。対話するAIに愛着を抱き、感情的な絆を結ぶ人々が現れている。だが、人ならざる「もの」に心を見出す感性は、日本の文化のなかに古くから流れていた。長い年月を経た道具が魂を宿すという「付喪神(つくもがみ)」の想像力である。
百年を経た道具は、神になる
付喪神とは、長い年月を経た道具や器物が、霊や精霊を宿し、ときに妖怪のように変化するという、日本の伝承上の存在である。古い室町時代の絵巻物などには、捨てられた古道具たちが妖怪となって行列をなす様子が描かれている。古びた傘、琵琶、釜、下駄——人が使い古し、打ち捨てた道具たちが、目鼻を備え、手足を生やし、ひとつの命あるもののように動き出す。
この想像力の根底には、長く使われた「もの」には、ただの物質を超えた何かが宿る、という感覚がある。道具は、使われるうちに人の手の温もりや時間を吸い込み、単なる物体ではなくなっていく。その蓄積がある臨界を超えたとき、道具は心を持ち、魂を宿す。付喪神の伝承は、人と道具との長い関わりが、物質を「存在」へと変えていくという、独特の世界観を映し出している。
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