身土不二と旬——土地と季節を食べるという思想
AIは、個人の体質に合わせて食を最適化しようとする。その視点は、もっぱら「食べる人」の側に向けられている。だが日本の食の伝統には、食べる人だけでなく、「いつ・どこで採れたか」をこそ重んじる思想があった。「身土不二(しんどふじ)」と「旬」である。それは、人と食べ物を、土地と季節という大きな環のなかに位置づける思想であった。
身と土は、二つにあらず
身土不二とは、人の身体(身)と、その人が暮らす土地(土)とは切り離せない、という考え方である。もとは仏教に由来する語とされるが、近代日本では食養の思想として広まり、人はその土地で、その季節に採れたものを食べるのがよい、という主張として知られるようになった。遠い土地の産物や、季節外れの食材ではなく、自分が生きる風土に根ざした食こそが、身体に適うという発想である。
この思想の核心は、人間を、孤立した個体としてではなく、特定の土地と気候のなかに生きる存在として捉える点にある。寒い土地には寒い土地の、暑い土地には暑い土地の食がある。その土地の気候が育てた作物は、その土地に暮らす人の身体と、おのずから調和する。食べることは、自分の身体を、自分が根を下ろす風土とつなぎ直す営みでもあった。身と土を分けない——この一元的な見方が、日本の食の根底に流れていた。
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